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最高裁判所第三小法廷 昭和63年(行ツ)104号 判決

主文

原判決中上告人敗訴部分を破棄する。

前項の部分につき、被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人石川実、同藤井輝明の上告理由第二点について

一  論旨は、要するに、本件各仮換地指定処分のうち、原判決添付の被上告人所有の別紙物件目録(一)記載の各土地(以下「従前地甲」という。)につき、同目録(四)記載の土地(以下「仮換地甲」という。)をその仮換地として指定した処分(以下「本件甲処分」という。)が土地区画整理法(以下「法」という。)八九条一項に違反するとしてこれを取り消した原判決には、同項の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。

よつて、この点につき判断する。

二  原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  上告人は、富山・高岡広域都市計画事業堀川西土地区画整理事業の施行者として、被上告人に対し、昭和五七年八月二一日、同人所有の原判決添付の別紙物件目録(三)記載の土地(以下「従前地丙」という。)につき、同目録(六)記載の土地(以下「仮換地丙」という。)をその仮換地として指定する処分(以下「本件丙処分」という。)を、昭和五九年七月一〇日、本件甲処分及び同人所有の同目録(二)記載の各土地(以下「従前地乙」という。)につき同目録(五)記載の土地(以下「仮換地乙」という。)をその仮換地として指定する処分(以下「本件乙処分」という。)を、それぞれ行つた。従前地甲、乙、丙及び仮換地甲、乙、丙の位置、形状は、原判決添付の別紙図面(一)、(三)記載のとおりである。

2  市道小泉線に北面する三三街区内に所在する各従前地の所有者は、従前地甲を所有する原告、従前地甲の西側に隣接する土地(以下「平岡所有地」という。)を所有する平岡光徳等の四名であり、右街区においては、従前地甲の東側の四メートル道路を拡幅して六メートル道路とするほか、平岡所有地及び従前地甲のそれぞれを南北に分断する形で東西に通ずる幅員六メートルの道路を新設する計画になつており、このため従前地甲は、右新設道路によりその半分近くが道路敷地となつて、そのごく一部が右新設道路の南側の四一の二街区に入り、平岡所有地も、その四分の一程度が三三街区外となる。

3  従前地甲は、市道小泉線から南方約三〇メートルの位置にあり、その合計地積が六八一・八平方メートル、南北(東側境界線部分)約一四メートル、東西約四四メートルのおおむね長方形状の土地であつて、右境界線部分約一四メートルが幅員四メートルの道路に接している。そして、そのうち一筆(一四六・八平方メートル)は既に宅地化されており、他の一筆(五三五平方メートル)は地目、現況とも田である。なお、宅地の価格としては、従前地甲付近では、市道小泉線に面する土地が最も高額であり、右市道から南に離れて行くに従つて価格がおおむね低下している。

4  仮換地甲は、従前地甲の南方約四〇メートルの位置にあり、前記新設道路の南側の四一の二街区内の東南の角地である。仮換地甲は、地積が五八七平方メートル、南北二五・九メートル、東西二二・七メートルのほぼ正方形状の土地であつて、その西側に隣接して仮換地乙が指定され、さらにその西隣には、被上告人の小作地である巣山良正所有の土地に対する仮換地が指定されており、本件各仮換地指定処分によれば、被上告人は、仮換地甲、乙、右巣山に対する仮換地の三筆を一体として利用しうる地形となつている。なお、従前地丙については、その中央部に幅員六メートルの新設道路が設けられる予定であり、その近傍地に仮換地を指定することが困難であつたため、上告人は、別の街区で、従前地丙の西方約一〇〇メートル離れた位置に仮換地丙を指定した。

5  上告人は、当初、原判決添付の別紙図面(二)記載の内容の仮換地指定についての素案(以下「本件素案」という。)を作成し、これを土地区画整理審議会に提示した。本件素案によれば、従前地甲に対する仮換地予定地(以下「素案仮換地甲」という。)は、市道小泉線に北面する三三街区内の東南の角地であり、地積は五一五平方メートルで、南北一〇・二メートル、東西四九・五メートルの長方形状の土地であり、従前地甲の位置、形状に近いものであつた。また、本件素案による従前地乙に対する仮換地予定地(以下「素案仮換地乙」という。)は、地積二五三平方メートルで、四一の二街区内の東南の角地であつた。ところが、右審議会において、毛利謙藏審議委員から、本件素案による素案仮換地甲はその南側に所在するアパートのため日当たりが悪く農地耕作上適地とはいえないなどの理由により、右アパートの南側に仮換地を指定すべきであるとの意見が出され、他の審議委員も右意見をほぼ了承したので、右意見に沿つて本件素案が変更され、本件各仮換地指定処分が行われた。これに対し、当時、既に本件素案を入手していた被上告人は、右変更に強く反対した。

6  仮換地甲の地積は素案仮換地甲のそれに比して七二平方メートル増加し、仮換地交付率は七五・五四パーセントから八六・一パーセントとなり、また、仮換地甲、乙の合計地積は本件素案による素案仮換地甲、乙のそれに比して一二五平方メートル増加し、仮換地交付率は七七・六七パーセントから九〇・三一パーセントとなつた。

7  本件素案によれば、平岡所有地に対する仮換地指定は、平岡所有地及び従前地甲のそれぞれを南北に分断する形で設けられる前記新設道路を挟んで、その北側の三三街区内とその南側の四一の二街区内に分割して指定されることになつていたが、前記の経緯によりこれが変更され、三三街区内に指定されることになつた。

8  被上告人は、以前、従前地甲がその一部であつた同人所有の土地の一部を、前記審議委員である毛利謙藏がその代表取締役を勤める株式会社毛利地所の仲介で平岡光徳に売却したことがあり、その後も、平岡は被上告人に対し、さらに従前地甲の一部の売却を申し込んだが、被上告人はこれを断つた経緯もあつて、従前地甲に対する仮換地指定をどの位置にするかにつき、両者は、強い関心を有し、利害が対立していた。

三  原審は、右事実関係に基づき、次のとおり判断した。

1  本件素案による素案仮換地甲は、従前地甲のほぼ原位置に指定されており、その位置、形状は、従前地甲に近いものであり、また、農地又は宅地として利用するうえで不都合はないなど、照応の原則に適合するものである。

2  本件素案を本件各仮換地指定のように変更しなければならない合理的理由に乏しいうえ、本件素案によれば、平岡がかねて被上告人からの買受けを希望していた箇所(従前地甲の一部)の入手が困難になるが、右変更により、同人は、右箇所を換地処分として取得することができ、その反面として、被上告人所有の従前地甲に対する仮換地は、素案仮換地甲よりも宅地としての評価の低い位置に指定されることになり、平岡にとつて有利、被上告人にとつて不利な結果となつて、不公平を生ずる。

3  よつて、本件素案仮換地甲は従前地甲の原位置に近く、照応の原則に適合したものであるのに対し、仮換地甲の指定には不合理な点があるから、本件甲処分は、照応の原則に違反してされた違法なものであり、取り消されるべきである。

4  本件乙処分及び本件丙処分には、いずれも照応の原則に違反するなどの違法はなく、適法なものというべきである。

四  しかしながら、本件甲処分が照応の原則に違反してされた違法なものであるとする原審の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  土地区画整理事業は、健全な市街地を造成して公共の福祉の増進に資することを目的とし、公共施設の整備改善及び宅地の利用の増進を図るため、土地の区画形質の変更及び公共施設の新設等を行うものであるが(法一条、二条一項)、施行者は、法九八条一項に基づいて仮換地を指定する場合においても、法八九条一項所定の基準を考慮してしなければならない(法九八条二項)。土地区画整理は、施行者が一定の限られた施行地区内の宅地につき、多数の権利者の利益状況を勘案しつつそれぞれの土地を配置していくものであり、また、仮換地の方法は多数ありうるから、具体的な仮換地指定処分を行うに当たつては、法八九条一項所定の基準の枠内において、施行者の合目的的な見地からする裁量的判断に委ねざるをえない面があることは否定し難いところである。そして、仮換地指定処分は、指定された仮換地が、土地区画整理事業開始時における従前の宅地の状況と比較して、法八九条一項所定の照応の各要素を総合的に考慮してもなお、社会通念上不照応であるといわざるをえない場合においては、右裁量的判断を誤つた違法のものと判断すべきである。

2  本件についてこれをみるに、前記の事実関係によれば、従前地甲は、本件土地区画整理事業により新設される道路により南北に分断され、その半分近くが道路敷地となる位置に所在していたのであるから、右道路新設の計画を前提とする限り、その原位置に仮換地指定を行うことは事実上不可能であること、仮換地甲は従前地甲の南方約四〇メートルの位置に指定されたものであるが、その位置は、右新設道路の南側に所在する四一の二街区内の東南の角地であつて、従前地甲の近傍地といつてよく、また、従前地甲はその東側境界線部分しか接道していなかつたのに対し、仮換地甲は、その東側及び南側の二面において接道すること、従前地甲の大部分は以前から農地として利用されており、仮換地甲が右位置に指定されたことにより、仮換地甲、乙及び被上告人の前記小作地の三筆につき、被上告人による一体的な利用が可能となること、仮換地交付率も八六・一パーセントであつて、減歩率もさほど高いものではないこと、また、本件素案は、あくまでも最終的な仮換地案作成に至る過程の段階における一試案にすぎないものであるうえ、仮換地甲、乙の合計地積は、本件素案による素案仮換地甲、乙のそれに比して一二五平方メートル(仮換地甲のみについてみれば七二平方メートル)増加していることなどが明らかであり、これらの諸点にかんがみると、前記のような被上告人と平岡光徳、毛利謙藏との関係及び本件素案が変更されるに至つた経緯を考慮しても、本件甲処分は、社会通念上不照応なものであるとはいえず、もとより、他の者と比較して、被上告人に対し著しく不利益であつて、不公平なものであるともいえない。したがつて、本件甲処分は、上告人が前記の裁量的判断を誤つてしたものとはいえず、法八九条一項に違反するものではないというべきである。

3  以上説示したところによれば、本件甲処分が法八九条一項に違反したものということはできないのであるから、本件甲処分が右規定に違反するとした原審の判断には、右規定の解釈適用を誤つた違法があるものといわなければならず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決中、上告人敗訴部分は、その余の論旨について判断するまでもなく、破棄を免れない。そして、右に説示したところに照らせば、原審が適法に確定した前記事実関係のもとにおいて、本件甲処分に被上告人主張の違法はなく、その取消しを求める被上告人の本訴請求が理由のないことは明らかというべきである。したがつて、被上告人の本訴請求を棄却した第一審判決は正当であつて、これに対する被上告人の控訴は理由がないものとして、これを棄却すべきである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 安岡満彦 裁判官 坂上寿夫)

裁判官伊藤正己は、退官のため署名押印することができない。

(裁判長裁判官 貞家克己)

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